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少女の祈り

人数      2(1:1:0)

ジャンル    シリアス

所要時間    20分程度

真夜中の礼拝堂で祈りを捧げている少女がいた。その少女に悪魔を名乗る声が語り掛ける。

『少女の祈り』    登場人物        少女…礼拝堂で祈っている      悪魔…礼拝堂に現れた悪魔 【以下本編】  0:明かりも灯らぬ礼拝堂に少女の姿がある。膝を折り、手を合わせ、祭壇の前で祈っている。 少女:神様。助けてください。私のお父さんは病気です。お医者様にももう長くは無いと言われました。どうかどうか、神様…。 0:静かな礼拝堂に物音。 少女︰…?誰か居るの? 悪魔:こんな真夜中にお祈りかい。 少女:……誰?誰なの?一体何処から声が…。 0:声の主を探す少女。しかし姿は見えないまま。 悪魔:僕を探しているの? 少女:っ!貴方は誰? 悪魔:……僕は悪魔さ。 少女:悪魔……。 悪魔:そう、悪魔。だから君の目には見えないよ。 少女:どうして礼拝堂に悪魔が居るの? 悪魔:どうして礼拝堂に悪魔が居ないと思うんだい? 少女:……。 悪魔:悪魔は何処にだって居るんだよ。街にも野山にも、礼拝堂にも、君の家にだっている。 少女:…知らなかった。 悪魔:そうだろうね。悪魔は静かに君に寄り添っている。無駄なお喋りもせず、ただ君に寄り添っているんだ。気付く筈も無いよ。 悪魔:ところでさ。君はどうして神様に祈っているの? 少女:お父さんが病気なの。お医者様にはもう長くはないだろうって言われている。お金を借りる親戚や友人だって居ない。だから、お父さんの病気が………治りますようにって、私は毎晩こうやってお祈りをしているの。 悪魔:へぇ、それはそれは。敬虔(けいけん)な信者がいたものだな。それで?神様は君の願い事を叶えてくれたのかな。 少女:………。 悪魔:叶えてくれないんだろ。神様ってのは気まぐれで依怙贔屓(えこひいき)なんだ。気に入った奴の願いしか叶えない。お前みたいな小汚い子供が毎晩礼拝堂に通ったって無駄さ。神様は裕福で、美しい人間の願いばかりを叶えたがる。君だって知っているだろ? 少女:……それでも私に頼れるのは神様しかいない。 悪魔:どうして? 少女:私の家は貧乏で、お薬を買うお金もない。お医者様を呼ぶお金もない。 悪魔:ふーん。よくあるつまらない話だね。 悪魔:お金があれば君のお父さんは助かるの?なら僕がお金をあげるよ。ほらっ。 0:床に硬貨がぶつかる音が響く。 少女:……。 悪魔:どうしたの。お金だよ?拾えよ。這いつくばって、必死になって、その金を拾って、お前のお父さんの寿命をすこーしだけ、延ばしてやるといい。 少女:……駄目よ。 悪魔:どうして?僕が悪魔だから? 悪魔:君はさ、神様へのその信仰心とお父さんの命、どちらが大事なんだい? 悪魔:君を助けてくれない神様なんて裏切って、僕に祈れば良いじゃないか。そうすればほら、もっともっとお金をあげてもいいよ。 0:何枚もの硬貨が床にぶつかる音がする。 0:少女は動かない。 悪魔:強情な娘だね。余程父親の命が惜しくないと見える……。 悪魔:………あぁそうか、なるほど。 悪魔:君は、父親の病気が早く良くなるようになんて、祈っちゃいないんだ。そうだろう? 少女:………そうよ。私は、貴方に嘘をついた。 少女:私は、お父さんが早く死にますようにって、毎晩ずっと神様に祈っていたのよ…。 悪魔:ふふっ、あはは、やっぱりね! 悪魔:ねぇ、どうして?どうして君は父親の死を祈るの?大事な父親じゃないの? 少女:大事なんかじゃない!お父さんは、私を沢山ぶった。沢山酷い言葉を浴びせかけた。沢山、沢山、酷い事をした! 少女:お父さんが死ねば、私は自由になる! 悪魔:そうかそうか、なるほど。なるほど。 悪魔:だから君は、僕が声を掛けた時にあんなに驚いたんだ。自分の邪(よこしま)な願いを僕に聞かれたと思って。 悪魔:良いんだよ。僕は悪魔だもの。君の願いがどんなに邪悪で醜く酷いものでも、君を責めたりしない。 悪魔:神様と違って僕ら悪魔は平等なんだ。気まぐれではあるけれどね。そして僕は今とても気まぐれに君の願いを叶えたいと思っている。 少女:私の願い……。 悪魔:そう、僕が今すぐ君の父親を殺してあげよう。 少女:………。 悪魔:お礼なんて要らないよ、僕は神様じゃないからね。お布施も供物もなんにも要らない。それに僕は今とても……いや、これはいいや。言うべき事でもない…。 悪魔:君が一言『お願いします』と言えば、今夜のうちに君の父親を殺してあげる。君が家に帰る頃には君の父親は息絶えてるよ。 少女:貴方は本当に悪魔なの……? 悪魔:そうだよ。悪い悪魔さ。 少女:何人もの人を殺したの? 悪魔:さぁね。男も女も、老人も子供も殺したかもしれないし、誰も殺していないかもしれないね。 少女:よく分からない。貴方は不思議な事を言うのね。 悪魔:言っただろ、悪魔は神様と違って平等で気まぐれなんだ。誰に対しても本当の事ばかり話すとは限らないんだよ。 少女:……。 悪魔:…もしかして迷っているのかい?父親の死を毎晩願っていた癖に。今更怖気づいた? 少女:……考えているの。 悪魔:考えている? 少女:どうして貴方は私に優しいの? 悪魔:優しい?ふふっ、優しくなんかないさ。 悪魔:だってこの悪魔はね、君の傍にずっと居たんだよ。街を歩く君の傍に、野山を駆ける君の傍に、礼拝堂で祈る君の傍に、家で眠る君の傍に。それでも、君を助けなかった。君の本当の願いに気付きもしなかった。 少女:………貴方は本当に……本当に悪魔なの? 悪魔:………そうだよ。とてもとても悪い悪魔さ。 悪魔:ねぇ、君は神様って居ると思うかい? 少女:分からない。けれど、私を助けてくれる神様は居なかった…。 悪魔:神様なんて、都合の良い人間の想像の産物だと思わないか? 少女:悪魔は居るのに? 悪魔:悪魔だって、同じ様なものさ。 少女:だから、私の罪を押し付けても良い、と? 悪魔:そう。その通りだよ。君はなかなか賢いね。 少女:………お父さんを殺したら、貴方はどうなるの。 悪魔:……さぁ、分からない。正義を振りかざす人間に捕らえられ、殺されてしまうのかもね。縛り首かな、それとも身体を八つ裂きにされるのかな…。 悪魔:でも良いんだ。この悪い悪い悪魔はね、今何より君を助けたいのさ! 0:幾つもの硬貨が床を打つ音が礼拝堂に響く。 悪魔:君が苦しんで居たなんて、僕は微塵も知らなかった。 悪魔:こんな金は必要なかったね……。僕に必要なのは一本のナイフと、父親の胸にそのナイフを突き立てる勇気だけ。 悪魔:さぁ、僕は行くよ。君の『お願い』の言葉は聞いていないけれど、悪魔なんて気まぐれなもの。 少女:待って! 少女:駄目……やっぱり駄目よ!行かないで!お兄ちゃ…、 悪魔:(少女の言葉に被せるように)僕は悪魔だ! 悪魔:…言っただろ。とてもとても悪い悪魔なのさ。 少女:嫌だ。待って。ねぇ、待って。お願い! 悪魔:さようなら、きっともう君の前に現れる事はないね。 少女:待って!お願い、待ってよ。ねぇ!お願いだから!返事をして!私の為に、お父さんを殺さないで!お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!! 0:礼拝堂に響く少女の声。悪魔からの返事は無い。 少女:神様神様神様神様っ!お願いします、どうかお願いします!お父さんを、私のお父さんを助けてください!お願いします、助けて、お父さんを助けて………。お兄ちゃんを人殺しにしないで! 少女:神様……っ! (了)

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